ウクライナとロシアの戦争については、①価値判断の問題と、②事実認識の問題があって、①はどちらの側に正義があるか、②どちらの側が勝ちそうなのかに関わるのだが、やはりこの二つを切り分けるのがツイッターなんかだと難しい。
①については、戦前のウクライナが抱えていた問題は、その国家主権を否定できる正当性がロシアに発生するほどのものだったのか、ということと関わる。ウクライナの側にさまざまな問題があったとして、ロシアの支配を甘受せざるをえないほどのものだったのか。
②についてウクライナ側の勝利が難しいというのは理解できるのだけれども、そこから踏み込んで①の点でロシアの側に立つ人がいるのに驚くというか。
①については、戦前のウクライナが抱えていた問題は、その国家主権を否定できる正当性がロシアに発生するほどのものだったのか、ということと関わる。ウクライナの側にさまざまな問題があったとして、ロシアの支配を甘受せざるをえないほどのものだったのか。
②についてウクライナ側の勝利が難しいというのは理解できるのだけれども、そこから踏み込んで①の点でロシアの側に立つ人がいるのに驚くというか。
Comments
「自分は以前からウクライナの側の勝利は難しいと言っており、その主張が正しいと認められた」のが嬉しいのかもしれない。
しかし、その「正しさ」は、他人の流血によってもたらされたものだ。安全な日本で自らの「正しさ」が示されたことにはしゃいでいるのをみるのは、どうしてもいやな感じがしてしまう。