「整頓された画面で説明力を満たしている構図」と、「乱暴だけど絵として迫ってくる構図」の絵力の魅力はそれぞれ違う機能性があるなと思い、バランスを整えるつもりで狂いを調整した絵のヒストリーを、バランスが狂ってるかもレベルの進捗まで巻き戻した。
片付けた部屋をやっぱり片付けたのやめた、みたいな。
うへえ。でも比較したらバランス調整前の方が魅力的に見えたんだもんな。
旅の途中で見つけた美的感覚というお宝を、こぼさずに持ち帰れるかどうかの冒険だよ。
片付けた部屋をやっぱり片付けたのやめた、みたいな。
うへえ。でも比較したらバランス調整前の方が魅力的に見えたんだもんな。
旅の途中で見つけた美的感覚というお宝を、こぼさずに持ち帰れるかどうかの冒険だよ。
Comments
いきおいです!
衝動です!
おそらくあなたも、そしてわたしも
衝動のままいっきにどかーん!ってやっちゃった方がいいタイプです!
理論とかそういうのは置いといて心のまま!
ええ、わたしも詰めていったらブレちゃう方なのでいっぱい虚空に消えました…!
結局、撮ったままの方がカッコイイじゃんってなったり。
でも、あとからもう少し調整してもよかったなぁともなるw
なのでその時の感覚というか、熱量が冷めて客観的に見た時にも
良いものを残せるといいな。って常に思う。
カモちゃんがどういう絵に向かっていきたいか考えていくことで何かに見つけられたら良いなと
きっとその絵達も気付かない所で支えてくれますよ。
調整前の方がよく見えたり整えるのって難しい…
一番むずむずするやつだ、しかも個人の感性が大きく関わってくるからなぁ…
部屋の例えで言うと、整頓された部屋の方が全体的に綺麗に見えても、若干散らばった方が生活感が出て持ち主の性格がわかったりするんだよね。どっちが良いのかよりは、好みの問題だもんね。
個人的にそういう時は、その作品を通して伝えたいテーマやメッセージ、「概念」を一つ、多くても二つに絞って、極論それ以外の全てを疎外視してまで集中して削る事にしてる。
ただこのやり方の難点を挙げると、尖った作品になりがちなんだよね〜
カモちゃんの絵の冒険、今まで拾ったきた宝がもう宝石箱だから、その感性を信じれば良いかと!